他板に投稿された、興味深い格言の転載スレ 16

1名無しさん@お腹いっぱい。2018/12/04(火) 01:52:37.10ID:EUypuYBL
ここ以外の板にもいろいろ興味深い名言スレがあったので、
そこから興味深いレスを抽出してみた。

前スレ
他板に投稿された、興味深い格言の転載スレ 15
https://egg.5ch.net/test/read.cgi/rongo/1543133469/
他板に投稿された、興味深い格言の転載スレ 14
https://egg.5ch.net/test/read.cgi/rongo/1541330938/


関連スレ
福田恒存の名言【読売文学賞・芸術選奨・芸術院会員
https://egg.5ch.net/test/read.cgi/rongo/1541642094/
役に立ちそうなレスを転載するスレin転職板 その47
https://medaka.5ch.net/test/read.cgi/job/1537432870/

253名無しさん@お腹いっぱい。2019/06/03(月) 18:22:16.14ID:jQxX6wbN

私はアルバイト以外に一般企業で働いたことは1回もありませんが、
すごくわがままなので、どこの企業でも勤まらないでしょう。
私が日本社会で特に嫌いなのは、
会社というものが家族のように丸抱え式になっていることです。
中島義道『』


きみは他人と対立することが怖い。
だから、自分を押し殺してまでも他人に合わせようとする。自分が傷つかないように。
しかし、それは誠実ではない。ただの自己防衛であり、ずるい功利的な演技だ。
つまり、自己中心的なんだ。それを知っているから、きみはそうすることでさらに悩むのだ。
中島義道『カイン』


自分がこんなにひどい目に遭っているのはなぜなのか。
自分がこんなに生きにくいのはなぜなのか。自分が少し前に勝手に生まれさせられて、
たちまち死ななければならないのはなぜなのか。
大森によれば、その答えはないのである。
世界とはそういうものなのであり、ただそれだけなのだ。
中島義道『不幸論』


問題なのは、正しい解答が一つしかないことである。
多くの場合、「優しさ」を強調する人はその絶対基準を自分のうちにもち、
それで他人を断罪するという暴力を平気で行いがちである。
中島義道『カントの人間学』


自己嫌悪とは(どんなかたちにせよ)他人から嫌われることを恐れるあまり、
みずからに「嫌い」を向けて身を保っている形態ですから、
それを溶解させるには他人の生身の「嫌い」を
自分のうちにあらためて豊かに取り込むしかない。
中島義道『ひとを<嫌う>ということ』


無意味に生きて、その挙げ句いつか無意味に死ぬだけだ。
そして、不思議なことにこれほど無意味な人生なのに、
死ぬことは冷や汗の出るほど恐ろしいのだ。
それは、広大な暗黒の宇宙の中で全くの無に帰すること、
そして、二度と生き返らず世界の終焉まで無であり続けることなのだから。
中島義道『異文化夫婦』


平均的日本人は、サービスを提供する人から奴隷のように仕えられたいのであり、
言葉を尽くしておだてられたいのであり、もちあげられたいのであり、
……つまりむやみやたらに甘えたいのであり、
好意的なサインをたえず発してもらって安心していたいのだ。
中島義道『日本人を<半分>降りる』

254名無しさん@お腹いっぱい。2019/06/03(月) 18:22:43.70ID:jQxX6wbN

偏食の強い人には一つの宝が与えられる。
それは、一見不寛容の極致にいながら、自分がこれほど微妙かつ理不尽に
マジョリティからずれていることを痛感するがゆえに、
他人の微妙かつ理不尽なマジョリティからのずれを理解する寛容さを
養うことができるということである。
中島義道『偏食的生き方のすすめ』


われわれは、ある人が自分に災いを及ぼしたゆえに憎むこともある。
だが、恐ろしいことに、自分にいかなる実害を加えなくともある人を憎むのである。
(Xが私を傷つけたからではなく)「私がXを傷つけたからXが嫌いだ」と心情を吐露する人物をドストエフスキーは描いている。
中島義道『哲学者とは何か』


「いじめ」とは日本人の美徳に反するものではなく、
正反対に「優しさ」や「思いやり」や「耐えること」という
日本人の美徳それ自体がつくりだしたものなのである。
中島義道『うるさい日本の私』


私の体験から言えることは、
いかなる失敗も、その目標の火が消えないかぎり、きみは耐えられる。
最終的にはその目標を実現しなくてもいいんだ。完全に失敗してもいいんだ。
だが、そうした運動を通じて、きみはたぶん辛いけれど充実した人生を味わえると思うよ。
中島義道『働くことがイヤな人のための本』


「温かい家庭」を築くことを人生の課題のように考えている人がいますが、
そしてそれが達成できないと人生の敗北者のように考える人がいますが、
そんなことはない。そうしたい人はそうしてかまわないのですが、
結婚生活に失敗しても、一生結婚しなくとも、それでいいのではないか。
中島義道『ぐれる!』


あなたの孤独は、あなた自身が選びとったものだということを認めなさい。
そして、その(表面的な)不幸を利用し尽くしなさい。
それは、とても「よい」状況になりうることを信じなさい。心からこう言いたい。
中島義道『孤独について』


月は小さく見える。
でも、小さく見えるのは小さいからです。五円玉と同じ大きさです、と言ってはいけないんですね。
なぜ見たままを、月の大きさと言ってはいけないかと言いますと、
物差しを当てる測り方をわれわれは正しい大きさだと学んでしまったからです。
中島義道『たまたま地上にぼくは生まれた』


どんな善人も悪である。
この思想の背景としてキリスト教の「原罪」の思想が認められるが、
カントの「根本悪」ははるかに人間的である。
人間は、みずからより完全になろうと刻苦精励し、
他人の幸福を望み他人に親切にすればするほど、必然的に悪に陥る。
中島義道『悪について』

255名無しさん@お腹いっぱい。2019/06/03(月) 18:23:05.41ID:jQxX6wbN

どんなに激しく悩んでも、どんなに真剣に思索しても、
どんなに大量の本を読んでも、哲学の扉が開かれるわけではない。
その扉は、厳密で抽象的な概念によってのみ世界を知りうる、
と心の底から確信した人にのみ開かれる。そして、こうした人は驚くほど少ない。
中島義道『人生、しょせん気晴らし』


私の場合、死に対する恐怖とは、
まったくの無になるのが恐ろしいというストレートな感じというより、
ずっと無であったのに、一瞬間だけ存在して、また永遠に無になる、という
途方もなく残酷な「あり方」に対する虚しさです。
中島義道『「死」を哲学する』


私が道徳的に善いとされていることに従うのは、
大多数が善いと思っていることに自分の行為を合わせたほうが、
生きるのに便利だから、社会から排斥されないから、
つまり快だからであり、それ以上の意味はない。
中島義道『生きるのも死ぬのもイヤなきみへ』


私は彼の痛みを和らげようと努力する。
それは、彼の痛みが「わかる」からだが、私が「わかる」のは彼の痛み自体ではない。
私はいかに努力しても彼の痛み自体を知りえない。
だが、知りえないというかたちで、彼の痛み自体の存在を認めているのである。
中島義道『カントの自我論』


人間が存在している意味はまったくないこと、
同じように、私が生まれた意味もまったくないこと。
だから、私の人生にも何の意味もないこと。
真正のニヒリズムとは、こうした事実を誤魔化さずにひたすら直視することである。
中島義道『観念的生活』


よくよく考えてみると、自分の考えより
他人の考えや他人の欲望に影響されているのではないでしょうか。
他人の欲望から自由になることは重要なことで、
そのためには本当の自分の欲望を知らないといけません。
中島義道『生きてるだけでなぜ悪い?』


哲学的センスのある人は、難解な哲学書をはじめて読んでも比較的スッと頭に入る。
一字一句の意味が明晰にわかるというより、
何がそこで問題になっているのかが痛いようによくわかる。
なぜなら、そこに書かれていることは、
いつかどこかで自分がすでに考えたことばかりだから
中島義道『哲学の道場』

256名無しさん@お腹いっぱい。2019/06/03(月) 18:23:45.48ID:jQxX6wbN

馬鹿で鈍感な善人たちは「正しいことを言っただけなのに、殴られた」とか
「冷静に注意したのに、怒鳴られた」と身体を震わせますが、
あなたが正しいと思っていたからこそ殴られたのであり、冷静沈着だからこそ怒鳴られたのです。
なんでこんな簡単なことがわからないのでしょうか。
中島義道『怒る技術』


社会において居心地のいい善人たちは
おうおうにして自分たちが「正しい」と信じている。
それももちろん愚かであるが、とはいえ、
彼らは間違っていて自分たちこそ正しいのだと胸をそらした瞬間に、
人間嫌いも彼らと愚かさを共有することになる。
中島義道『「人間嫌い」のルール』


たとえどんなによいことでも、
人々の言葉が一律になってしまったら、用心しなければならないと思う。
そのことを、われわれは歴史からうんざりするほど学んできたはずである。
中島義道『醜い日本の私』

257名無しさん@お腹いっぱい。2019/06/03(月) 18:24:06.31ID:jQxX6wbN

何も決定しないことを決定し、優柔不断でいることを決意し、
成り行きまかせにするということでは断固としており、
変心しやすいという点では頑固であり、全力を挙げて無能であろうとする。
(1930年代の宥和政策を非難して述べた言葉)


勇気はまさに人間に必要な第一の特質である。
これが備われば、他の特質も自然に備わるからだ。


事前にあわてふためいて、あとは悠然と構えている方が、
事前に悠然と構えていて、事が起こった時に慌てふためくよりも、利口な場合がある。


自分の職務に踏みとどまって、義務を果たす為に頑張り通す覚悟だ。


恐れおののいている間はまだ災いは本格的ではない。
勇敢に立ち向かうべき時は、いよいよ手の下しようがなくなった時だ。


あらゆる困難を克服して勝利を得るのだ。
勝利なくして、われわれの生存はあり得ないからだ。

1940年5月3日、独ソ同盟が勢力を伸ばしていた時期に、
新内閣を結成したチャーチルが下院で行った演説の一部。


いらぬ取り越し苦労をするよりも、
前もって考えたり計画するほうが大事だ。


たとえ生死の境にあって、気持ちが極度に張りつめている時でさえも、
他人の人生を思いやり、人類を支配する法則とは何であるかを
考えてみるとすれば、必ず何らかの報酬が返ってくる。


私が義務感と信念に基づいて行動している限り、
いくら悪口を言われようと何とも無い。

チャーチル

258名無しさん@お腹いっぱい。2019/06/03(月) 18:24:35.35ID:jQxX6wbN

悲観主義者はすべての好機の中に困難をみつけるが、
楽観主義者はすべての困難の中に好機を見いだす。


第二次大戦中の、イギリス首相・ウィンストン=チャーチル卿の演説より。
「断じて屈服するな!断じて屈服してはならぬ!
 断じて、断じて、断じて……事の大小を問わず、
 内容の如何を問わず……己が名誉に賭けての、信念と良識以外には、
 如何なるものにも屈服するな!!」


そうだよ私は酔っ払ってるよ。
しかし朝には私は酔いは覚めてシラフになるが、君は朝になっても不細工だ。


成功とは、意欲を失わずに失敗に次ぐ失敗を繰り返すことである。


私は楽観主義者である。
それ以外のものは
どれも役に立ちそうもないからだ。


ごくふつうの人々、偶然の発言、またささいなできごとなどのほうが、
困ったときに聞くりっぱな人たちのよく考えられた荘重な助言よりも
大きな力でもって、われわれの人生をつくることがよくあるものである。


In War: Resolution,
In Defeat: Defiance,
In Victory: Magnanimity
In Peace: Good Will.
戦争には果断さを
敗北には抵抗を
勝利には寛大さを
平和には賢明さを


冗談は極めて真面目なものだ。
現実の重圧に負けぬもの、それは「笑い」だ。

チャーチル

259名無しさん@お腹いっぱい。2019/06/03(月) 18:25:26.54ID:jQxX6wbN

うしろをふり向く必要はない。あなたの前には、いくらでも道があるのだから。


もともと地上に道はない。歩く人が多くなれば、それが道になるのだ。


思うに希望とは、もともとあるものとも言えぬし、ないものとも言えない。
それは地上の道のようなものである。もともと地上には道はない。
歩く人が多くなれば、それが道になるのだ。


むかし景気のよかったものは、復古を主張し、
いま景気のよいものは、現状維持を主張し、
まだ景気のよくないものは、革新を主張する。


人類というものは寂しいものではない。
楽天的なものだ。生命は進歩するものだから。

魯迅

260名無しさん@お腹いっぱい。2019/06/03(月) 18:25:45.74ID:jQxX6wbN

政治――主義主張の争いという美名のもとに正体を隠している利害関係の衝突。私益のために国事を運営すること。


意志のあるところに「否」あり。


忍耐――美徳に見せかけた小さな絶望。


専門家――あなたの知らないことにはやたら詳しくて、あなたの知っていることは何も知らない人のこと。


陰口──対象に見られる危険の無い時、彼についてありのままを話すこと。


議論――他の人の思い違いをますます強固なものにする方法。


礼儀──文句なく是認(ぜにん)される偽善。


博学──学問に励む人によく見られる一種の無知。


恋愛――患者を結婚させるか、あるいはこの病気を招いた環境から引き移すことによって治すことができる一時的精神異常。


保守主義者──現下の悪弊に心酔したる政治家のことで、新たな悪弊をもって従来の悪弊にとって代えんと欲する自由主義者の向こうを張る。

アンブローズ・ビアス

261名無しさん@お腹いっぱい。2019/06/03(月) 18:29:25.30ID:jQxX6wbN

放蕩者──快楽を追求するのも結構だが、あまり熱心に求めたので、不幸にもそれに追いついた人間。


悪人――人類の進歩に最も重要な要素。


称讃──他人が自分自身に類似していることを礼儀正しく認めること。


成功──人がその仲間に対して犯す、ただ一つの許し難い罪。


気晴らし――一般的な疲労を癒す、特殊な失意。


宗教──「希望」と「恐怖」を両親とし、「無知」に対して「不可知なもの」の本質を説明する娘。


暴動──悪気などぜんぜん無い見物人が、軍人たちのために催す庶民的な催し物。


偏見──明白な支えの手段を持たない気まぐれな意見。


アマチュア――己の趣味を技量と、野心を能力と混同している世間の厄介者。


希望──欲望と期待とが丸められて一つになったもの。

アンブローズ・ビアス

262名無しさん@お腹いっぱい。2019/06/03(月) 18:30:12.03ID:jQxX6wbN

労働──AがBのために資産をつくるプロセスの一つ。


世界で最も影響力のある生き物は、雨に濡れて震えている犬である。


忍耐――それによって凡人が不名誉な成功を収めるくだらない美徳。


平和──国際関係における、戦争と戦争の合間の、だまし合いの期間。


不幸に耐えられないのは不幸だ。


行為によりて記憶を、好機によりて思慮深さを、正確によりて高尚さを、労苦によりて制御を、恐れによりて敬虔を、富みによりて友愛を、言葉によりて説得を、沈黙によりて礼儀を、智恵によりて正義を、勇敢によりて勇気を、行動によりて権力を、名声によりて権威を得べし。


怠惰に見える人間がいるのは、彼がやや禁欲的な傾向をもっているに過ぎない。


企てはゆっくり落ち着いて。いったんやり出したら熱心に。


一人の人間の心の中には、虎、豚、ろば、そしてナイチンゲールが住んでいる。人間の性格の持つ多面性は、彼らの等しからざる働きによるものである。


家庭――最後の頼みの綱として訪れる場所。24時間営業中。

アンブローズ・ビアス

263名無しさん@お腹いっぱい。2019/06/03(月) 18:34:38.10ID:jQxX6wbN

無宗教──世界中の偉大な信仰の中で、一番重要な信仰。


日記――自分の生活の中で、自分自身に対して赤面せずに物語ることのできる部分についての日々の記録。


退屈な人間──聞いてもらいたい時に話をする人間。


正義――忠誠・税金・個人的奉仕に対する報酬として、一国の政府が市民に売りつける品質の落ちた商品。


流行──人々が嘲笑しながらも服従する専制君主。


平和――二つの戦争の時期の間に介在する、だまし合いの時期。


格言――歯の弱い者にも噛めるように、骨を抜き取った人生の知恵。


相談せよ。あなたが既に決めた道を他者に認めてもらうために。


法律家──法律の網をくぐる技術に熟練している者。


冷笑家──視力に欠陥があるため、ものごとのあるべき姿ではなく、あるがままを見てしまうヘソまがり。

アンブローズ・ビアス

264名無しさん@お腹いっぱい。2019/06/03(月) 18:35:13.61ID:jQxX6wbN

幽霊──内なる恐怖が外に現れた、目に見えるしるし。


財産──どんな物質的なものでもよい、それになにも特別の価値がなくとも、それを甲が所持していて、乙が欲しがっても渡すまいとするたぐいのもの。なんでもあれ、
一人の所有欲を満足させ、他の全ての人の所有欲を失望させるもの。人が矢も盾もたまらず奪い、後はいつまでも放っておくもの。


批評家──自分に機嫌をとる者が誰もいないところから、自分は気難しい人間だと自負している連中。


反省──昨日の事物と自分の関係をとらえ、再び遭遇することのない危険を避けること。


会話──二流以下の連中が、お互いに自分の頭脳の中身を陳列し合う共進会。ただし、誰も彼も自分の商品を並べ立てるのに忙しく、隣人が並べてみせる商品を眺める余裕など、全然ないのが普通。


世間──不特定多数の個人。


ART(芸術)──RAT(ネズミ)の組み合わせ文字から一字を動かしたもの。


人間──自分で考えている自分の姿に有頂天に見入っていて、明白な自分のあるべき姿を見落としてしまう動物。


苦痛──友人の繁栄に曝(さら)されることによって罹(かか)る病気。


結婚──共同生活体のひとつの場合で、ひとりの主人とひとりの主婦と、二人の奴隷から成り、それでいて全部合わせても二人にしかならない状態あるいは境遇。

アンブローズ・ビアス

265名無しさん@お腹いっぱい。2019/06/03(月) 18:35:49.94ID:jQxX6wbN

歯医者──おまえの口に金属を入れ、おまえのポケットから硬貨を引き出す男。


ばからしさとは、持論とは明らかに一貫性のない発言、あるいは信条のことだ。


金銭──邪魔にならない財産。手放すとき以外、何の利益ももたらさない。


野心──生きているうちは敵から罵言され、死後は味方から冷笑されたいといった、抑え切れないような激しい欲望。


経験──これまで我々が奉じてきた愚行が、あらずもがなの古なじみである、と分かるようにしてくれた英知。


機会──失望をつかみたければ、これが好機。


歴史──たいていは悪党である支配者と、たいていは愚か者である兵士によって引き起こされる、主として取るに足らぬ出来事に関する、たいていは嘘の記述。


幸福──他人の不幸を眺めることから生じる快適な感覚。


卑屈──富とか権力を前にして執るところの好ましい習慣的な心の態度。


へつらい者──右手を向けてと言われ、その通りにすると、後ろから足蹴にされることがないように、腹這いになったまま、偉い人に近づこうとする人間。

アンブローズ・ビアス

266名無しさん@お腹いっぱい。2019/06/03(月) 18:36:21.66ID:jQxX6wbN

自制──先行する偏愛の道楽である。


知り合い──相手が貧乏だとか無名であった場合には、顔見知りくらいだと言われ、金持ちだったり、有名だったりする場合には、親密な人間だ、と言われる友人関係をいう。


隣人――われわれのほうでは、命令のあるように、己を愛するようにしているのに、あらゆる手を尽くして、その命令に背かせようとする者。


愛国者──政治家には馬鹿みたいにだまされ、征服者には手もなく利用される人間。


想像──事実がしまいこんである倉庫で、詩人と嘘つきの双方で共有するもの。


うわさ──人の評判を抹殺しようとする暗殺者たちが好んで用いる武器。


黄昏時、老齢──すでに犯すだけの冒険心が持てなくなっている悪徳を悪しざまに言うことによって、いまだ失わずに持っている悪徳を棒引きしようとする人生の一時期。


教育──それぞれ理解力に欠けていることを、賢者に対しては赤裸々にし、愚者に対しては隠匿して見せないようにすること。


発言──できの良くない頭の中身を陳列し合う法。お互いに、自分の商品の配列に夢中で、隣人の陳列した商品を、眺める余裕が持てずにいる。


エゴイストとは、他人のエゴイズムのことを、少しも考慮しない人のことである。

アンブローズ・ビアス

267名無しさん@お腹いっぱい。2019/06/03(月) 18:36:38.77ID:jQxX6wbN

女性──普通「男」の近くに住む、順応性の少ない動物。


人の読書で分かるのが学びと育ち。何が笑いを誘うかで、その人の未来を卜(ぼく)す。読むなかれ、笑うなかれ。


野党──政治において、政府与党の足を切断することによって、乱暴狼藉の限りを尽くさせぬようにしている政党。


人生──肉体を貯蔵して腐敗しないようにする精神的な漬け水。我々は、この漬け水がなくなりはしないかと思いながら生きている。けれども、たとえそれがなくなっても、惜しまれるものではない。


口──男の場合は魂の出入り口、女の場合は心の出口。


反乱──失敗に終わった革命。


不運──決して取り逃がすことのない種族の運。

アンブローズ・ビアス

268名無しさん@お腹いっぱい。2019/06/03(月) 18:36:55.58ID:jQxX6wbN

外国人の歴史家ならば、日本という国と日本人をどう評価するだろう。
持てる力を活かせないでいるうちに衰えてしまった民族、と評するのではないだろうか。


真の保守主義者とは、新しい物に反対なのではなく、
「新しいものに対する無条件の支持」という「無知」に加担したくないだけなのだ。


年齢が頑固にするのではない。成功が、頑固にする。
そして成功者であるがゆえの頑固者は、状況が変革を必要とするようになっても、
成功によって得た自信が、別の道を選ばせることを邪魔するのである。


自由は誰もが欲する。
だが、この自由なるもの、それを駆使して生きるとなると意外と大変で、
すべての人がその緊張に耐えていけると考える方が非現実的なのではないか


信仰だけでは信仰さえも守りきれないのが、人間世界の現実である。
戦争とは、諸々の難題を一気に解決しようとした時に、
人間の頭の中に浮かび上がってくる考えである。


優れたリーダーとは、優秀な才能によって人々を率いていくだけの人間ではない。
率いられていく人々に、自分たちがいなくては、と思わせることに成功した人でもある。


(チェーザレ・ボルジアとレオナルド・ダビンチについて)
彼らは、自己の感覚に合わないものは、そして自己が必要しないものは絶対に受け入れない。
この自己を絶対視する精神は、完全な自由に通ずる。


現実主義者が憎まれるのは、
彼らが口に出して言わなくても、彼ら自身そのように行動することによって、
理想主義が、(中略)理想を実現するには最も不適当であるという事実を
白日のもとにさらしてしまうからなのです。


人種差別は、宗教上の理由からでもイデオロギーでもなく、
ただ単に生活上の不都合から生まれる


おしゃれしてくれてありがとう、とは、ニクイ台詞だ。
深い関係になった男女の、それもこの関係がまだはじまったばかりの時期にしか使えない。

塩野七生

269名無しさん@お腹いっぱい。2019/06/03(月) 18:38:45.12ID:jQxX6wbN

女に対して常に成功を収める男の武器は、美貌でもなく教育程度でもなく、
ましてや社会的地位や経済力ではまったく、なくただただ言葉のつかいようにある。


敬意を払われることなく育った人には、
敬意を払われることによって得られる実用面でのプラス・アルファ、
つまり波及効果の重要性が理解できないのである。
故に、誠心誠意でやっていればわかってもらえる、と思いこんでしまう。


100%の満足を持つなんて、自然ではない。
天地創造主の神様だって幾分かの不満足は持ったに違いない。
本当の仕事とは、こんな具合で少々の不満足を内包してこそ、実のあるものになるのだと思う。


他者に良く思われたい心と、他者に良く思われなくても
やりとげなくてはならない想いの関係を、考えてみてほしい。
野心も虚栄心も、マイナス面にのみ目を向けずに、積極的な面にも注目することによって。


国家の指導者たる者、国民を女と考えるべきなのだ。
女は苦労がいやなのではない。
きみには苦労をかけるね、の一言だけでふるい立つのが、女というものである。


日本人に違和感を感じるのは「信じすぎ」だと言うこと。
民主主義も万全ではない。それなのに民主主義は絶対的な善で
それに任せればすべて上手く行くと思っている。


情報は、その重要性を理解する人々には必ず伝わる。


「手段」をつめることなしに口にする「目的」は、空証文以外の何ものでもない。


この一線は守ろうとする一念で戦場に臨むと、その一線までも守れなくなる場合が多い。


三十代とは、男にとって動揺がサマになる最後の年代なのではあるまいか。

塩野七生

270名無しさん@お腹いっぱい。2019/06/03(月) 18:40:39.47ID:jQxX6wbN

優れた武将は、主戦力をいかに有効に使うかで、戦闘の結果が決まることを知っている。
その主戦力を有効に使うには、非主戦力の存在が不可欠であることも知っている。


正直に本心を吐露すること自体は悪くない。
だがそれをしてよいかよくないか、してよい相手かそうでないか、の違いは厳として存在する


優しい若者を、私は若者だと思わない。
立居振舞いの優しさを言っているのではない。心の優しさとでもいうものである。
若者が、優しく有れる筈はない。
全ての事が可能だと思っている年頃は、高慢で不遜で有る方が似つかわしい。


文化を共有しない外国との交渉は、相手側が思わず苦笑して、
ヤラレタネ、と思った時からスタートすべきなのである


はじめに立てた計画を着実に実行するだけならば、特別な才能は必要ではない。
だが、予定していなかった事態に直面させられた時、
それを十二分に活用するには、特別に優れた能力を必要とする。


すべての面で苛酷な現実の中でも精神のバランスを失わないで生きていくのは、
苛酷な現実とは離れた自分一人の世界をつくり出せるかどうかにかかってくる。


世間には、他人の業績を、半分誉め半分けなすことを
モットーにしているのではないかと思う人がいる。
この種の人は、この奇妙のバランスをとることで、責任を回避しているのだ。
言い換えれば、勇気のない人である。


国内に不安をもつ支配者は常に、対外関係を確かなものにしようと努める。


いかに巧妙に考案された戦略戦術でも、
それを実施する人間の性格に合っていなければ成功には結びつかない。
人はみな、自分自身の肌合いに最も自然であることを最も巧みにやれるのである。


盛者必衰は、歴史の理である。
現代に至るまで、一例も例外をみなかった、歴史の理である。それを防ぐ道はない。
人智によって可能なのは、ただ、衰退の速度をなるべくゆるやかにし、
なるべく先にのばすことだけである。

塩野七生

271名無しさん@お腹いっぱい。2019/06/03(月) 18:41:16.53ID:jQxX6wbN

僕は悪人も堕落した者も我慢できる。
だが、自分たちが正しいと単純に信じきっている馬鹿者だけは我慢できない。


戦争は、死ぬためにやるのではなく、生きるためにやるのである。
戦争が死ぬためにやるものに変わりはじめると、
醒めた理性も居場所を失ってくるから、すべてが狂ってくる。


(西郷隆盛について)存在そのものがその人物の存在理由の
最たるものになるタイプの場合は、肉体的条件は、大きな意味をもってくる。
存在感なるものが、まず肉体を土台にしてかもしだされるからである。


天才とは、その人だけに見える新事実を、見ることのできる人ではない。
誰もが見ていながらも重要性に気がつかなかった旧事実に、気づく人のことである。


危機を打開するには、何をどうやるか、よりも、
何をどう一貫してやりつづけるか、のほうが重要です。


指導的な立場に就いた者ならば、遅かれ早かれ、
人々の嫉妬と疑いと中傷を浴びないではすまなくなる。


ジーパンの似合う男が必ずしもタキシードも似合うとは限らないが、
タキシードの似合う男は、絶対にジーパンも似合う


ヨーロッパ三千年の歴史に想いをめぐらせてほしい。
そうすれば、日本の将来は、彼らが三千年を費やしてつちかってきた西欧の論理、
つまり力とはイコール軍事力という論理以外のところにしかないことを痛感するだろう。


キリスト教がその後も長きにわたって勢力をもちつづけているのは、
いつまでたっても人間世界から悲惨と絶望を追放することができないからでもある。


平和主義者にまかせておくには、平和は重要すぎる。

塩野七生

272名無しさん@お腹いっぱい。2019/06/03(月) 18:41:31.08ID:jQxX6wbN

人は、仕事ができるだけでは、できる、と認めはしても心酔まではしない。


外国語という「道具」を手にする前に習得しておくべきことは次の三つ。
第一は哲学や歴史に代表される一般教養を学ぶ事で育成される人格の形成。
第二は、自らの言に責任を持つ習慣。第三は、完璧な母国語の習得。


あらゆることに気を配りながら、私は自分の時が来るのを待っている。


英語に限らず外国語とは、第一に意思疎通、
第二に、相手側の文化文明を理解するための手段ないし道具にすぎない。


男たちよ!女には、頭のできのいかんにかかわらず
あなたがたと同じ種類の「見識」を二十四時間中の二十四時間求めてはいけないのです。
八時間ぐらいが限度だと思っていたほうが無難なのです。


何ごとであれ改革とは、効果が見えてくるまでには長い期間を要するものだから、
その間の人々の同意を維持しつづけていくための対策を忘れるわけにはいかないのだ。


哲人政治家だが、これは「ない」ほうがよい。
何故なら、哲学とは知と善の追求だが、
政治とは知と善と、善と悪とのバランスをとることにある。
プラトンが言ったからといって、すべてをよしとする必要はない。


それまで世の中を支配してきた宗教的良心とか道徳、倫理などから全く自由な男。
その目的遂行に際しては、合理性、現実的有効性への判断だけで行動できる男。


人間ならば誰にでも、現実のすべてが見えるわけではない。
多くの人は、見たいと欲する現実しか見ていない


学ぶとは、特別に秀でた人から学ぶとはかぎらない。
誰にでも機会を提供しているのが、歴史というものなのである

塩野七生

273名無しさん@お腹いっぱい。2019/06/03(月) 18:41:54.73ID:jQxX6wbN

信仰という行為が多くの善男善女にとっての大切なことである以上、
他者の信ずる神の存在を許容するという考え方は、
他者の存在も許容するという考えと表裏関係にあるということである。


女は、いかに自分の才能を認め活用してくれようが、女のためには絶対死なない。

塩野七生

274名無しさん@お腹いっぱい。2019/06/03(月) 18:42:14.74ID:jQxX6wbN

すべての日がそれぞれの贈り物をもっている。


人生を愉しむのは明日からにしようだって?それでは、遅すぎる。
愉しむのは今日からであるべきだ。
いや、より賢明な生き方は、昨日からすでに人生を愉しんでいる人の生き方ですよ。


過ぎ去った日々を楽しめる人は、人生を二倍楽しんでいる。


明日の生活はあまりに遠い先にある。今日を生きよ。


人生とはただ生きる事ではなく元気でいることである。


「明日は生きるだろう」と君は言う。
いつも「明日は」「明日は」と君は言う。
ならば言ってくれポストゥムスよ。その「明日」とやらは、いつ来るんだ。


水晶の器を、こわしはしないかと気にしているうちは、こわすね。
用心深すぎる手と、不注意な手は、おんなじなのだ。


自分が欲していないことを欲しているように見せる。
それが、ほしいものを手に入れる技術だ。


もし栄光が死後に来るものなら、私は急がないことにする。

マルティアリス(ローマ帝国の詩人)

275名無しさん@お腹いっぱい。2019/06/03(月) 18:43:21.09ID:jQxX6wbN
test

276名無しさん@お腹いっぱい。2019/06/03(月) 18:44:02.62ID:jQxX6wbN

教える事は二度習う事である。


正義は常に目標でなければならないが、必ずしも出発点である必要はない。


相談するときには過去を、享楽するときには現在を、
何かするときには未来を思うがよい。


私は知恵を貨幣に鋳造したい。
つまり、知恵を鋳造して、覚えやすく、伝えやすい箴言と格言とことわざとにしたい。


どうして?どこへ?なぜ?いかに?これらの質問が哲学の全てである。


子供には批評よりも手本が必要である。


行動するときには規則に従い、裁くときには例外を斟酌せねばならない。


自分の言ったことを決して取り消さない人は、真理よりおのれを愛する人間である。


思いやりとは情熱の休息だ。


自分自身の道理で己を説き伏せることはできても、
人は相手の道理でしか相手を説き伏せられない。

ジョセフ・ジュベール(『パンセ』『随想録』著者)

277名無しさん@お腹いっぱい。2019/06/03(月) 18:44:22.11ID:jQxX6wbN

世の中で成功を勝ちとるには、人から愛される徳とともに、
人を恐れさせる欠点も必要である。


天才が立派な仕事を開始し、労働がその仕事を完成させる。


生まれつき善良であることは、幸運であり、大きな財産である。


趣味は魂の文学的良心である。


才気は多くの無用な思想を持つことにあり、
良識は必要な知識をよく身につけることにある。


人の不幸はほとんど反省によってのみ生まれる。


肉体は、われわれの存在が野営している仮の小屋である。


世襲の気高さは、我々の祖先たちが立派にやり遂げたから、
我々も立派にやり遂げられるだろう、という仮定によるものだ。


論争や討論の目的は勝利であってはならず、改革でなければならない。


妻の忍耐ほど彼女の名誉となるものはなく、
夫の忍耐ほど妻の名誉とならないものはない。

ジョセフ・ジュベール

278名無しさん@お腹いっぱい。2019/06/03(月) 18:44:49.05ID:jQxX6wbN

教えることは二度学ぶことである。


自分の意見を引っ込めない者は、真実を愛する以上に我が身を愛する人間である。


心が激している時には人は誤って愛する。
本当に愛するには落ち着いて愛さなければならない。


その女性がもし男であったならきっと友達に選んだろう、
と思われるような女でなければ妻に選んではいけない。


時は一切のものをゆっくりと破壊する。


パリを去るのはつまらない。友達と別れなければならないから。
といって故郷を去るのも辛い。自分と別れなければならないから。


学識なくして空想を持つ者は、翼を持つが足を持っていない。


何ら欠点を見せない人間は、愚者か偽善者である。警戒せねばならない。


諸君が貧しいならば、徳によって名をあげるがよい、
諸君が富裕であるならば、慈善によって名をあげるがよい。


目的は必ずしも達成されるために立てられるものではなく、
照準点の役目をするために立てられるものである。

ジョセフ・ジュベール

279名無しさん@お腹いっぱい。2019/06/03(月) 18:45:11.27ID:jQxX6wbN

革命の時期は、貧民がその誠実を、金持ちがその財産を、
罪のない者がその生命を、確保することのできない時代である。


悪口は意地の悪い人の慰めである。


軽々しく信じてしまうのは善良に生まれついた人の特徴である。


友人が盲目のさいには、横顔のほうから彼を視るべきである。


若い人たちの情熱も、老人にあっては悪徳である。


知識がなくて想像力を持っている人間は、
足がないのに翼を持っているようなものだ。


食卓は祭壇の一種で、祭日や饗宴の日には飾らなければならない。


迷信は下劣な魂の持ち主たちの可能な唯一の宗教である。


目的は必ずしも達成されるために設定されているわけではなく、
照準点とか方位点として役立たせるためである。


神の怒りは一時のものであり、神の慈悲は永遠のものである。

ジョセフ・ジュベール

280名無しさん@お腹いっぱい。2019/06/03(月) 18:45:28.09ID:jQxX6wbN

最善の法律は慣習から生まれる。


老人は民衆の威厳である。


神は不幸者を慰めるために時を支配した。


快楽は肉体のある一点の幸福にすぎない。
真の幸福、唯一の幸福、全くの幸福は、魂の全体の平穏な裡(うち)に存する。


空想は魂の眠りである。


人生のゆうべは、そのランプをたずさえて来る。


ちっぽけな快楽ほど人間を小さくするものはない。


すぐれた精神であっても、
それを評価する基準がないために過小に評価されることがある。
かかる精神は試金石のない貴金属のようなものである。


女は己自身のためだけではなく、女性全体のために羞恥心を持つべきである。
換言すれば、女はみな、女たちが羞恥心の掟を守るようにと熱望すべきである。
というのは、ひとりの女のつつましさを傷つけるものは、すべて女のそれを傷つけるのだから。


才能は称賛の方へなびく。称賛の声は才能を幻惑する人魚である。

ジョセフ・ジュベール

281名無しさん@お腹いっぱい。2019/06/03(月) 18:45:47.14ID:jQxX6wbN

信心は一種の羞恥心である。それは羞恥心がわれわれの眼を伏せさせるように、
すべての禁断のものの前でわれわれの思想を伏せさせる。


我々の改革者たちは、「経験」に向かっては、お前はもうろくしているといい、
「過去」に向かっては、お前は子供だという。


我々の信用は、我々のひとつの財産である。


詩は自分の内に持っていなければ、どこにも見つけられない。


人の眼の中には、精神、魂、肉体の現れがある。


議論せずに問題に決着をつけるよりは、決着無しに議論する方がよい。


私たちは他人を愛して生涯の半分を過ごし、他人の文句を言って残りの半分を過ごす。


生きるためにはわずかの生気しか必要でないが、
行動するためには多くの生気が必要である。


新しい書物の最も不都合な点は、古い書物を読むのを妨げることだ。


凡人には月並みが素晴らしいことなのだ。

ジョセフ・ジュベール

282名無しさん@お腹いっぱい。2019/06/03(月) 18:46:09.67ID:jQxX6wbN

なんら欠点を見せない人間は愚者か偽善者だ。
欠点の中には美点につながり、直さない方がいいような欠点もあるものだ。


少しの欠点も見せない人間は、馬鹿か偽善者である。そのような人間を警戒せよ。


欠点の中には、美点に結びついて美点を目立たせ、
矯正しないほうがよいという欠点もある。


子どもに対して言われる「お利口さん」という言葉は、
子どもがいつでも理解する言葉で、
しかも、人が決して子どもに説明してやらない言葉である。


宗教は手本によって燃え続ける火である。人に伝えられなければ消えてしまう。


議論の目的は勝利ではなく改善であるべきだ。


「時」をまねるがよい。「時」は一切のものをゆっくりと破壊する。
「時」はおもむろに浸蝕し、消耗させ、根こそぎにし、引き離す。
だが、ひったくることはない。


友人が片目なら、私は友人を横顔から眺める。


その女がもし男だったら親友に選んだであろう者でなければ、
妻として選んではいけない。

ジョセフ・ジュベール

283名無しさん@お腹いっぱい。2019/06/03(月) 18:46:29.94ID:jQxX6wbN

こんなはずじゃなかったのに、という考えは捨てなさい。こんなはずなのだから。

ウェイン・ダイアー

284名無しさん@お腹いっぱい。2019/06/03(月) 18:48:18.55ID:jQxX6wbN

法律とは、本来ごく少数者のためのものなのだ。
ごく少数の異常な純粋、この世の規矩を外れた熱誠、
……それを泥棒や痴情の犯罪と全く同じ同等の《悪》へおとしめようとする機構なのだ。


人間を一番残酷にするのは 愛されているという自信だよ。


世界が必ず滅びるといふ確信がなかつたら、どうやつて生きてゆくことができるだらう。


人間はあやまちを犯してはじめて真理を知る。


人生が生きるに値ひしないと考へることは容易いが、
それだけにまた、生きるに値ひしないといふことを考へないでゐることは、
多少とも鋭敏な感受性をもつた人には困難である。


幸福がつかのまだという哲学は、
不幸な人間も幸福な人間もどちらも好い気持にさせる力を持っている。


幸福つて、何も感じないことなのよ。幸福つて、もつと鈍感なものよ。
幸福な人は、自分以外のことなんか夢にも考へないで生きてゆくんですよ。


この世のもっとも純粋な喜びは、他人の喜びをみることだ。


長い準備があればこそ決断は早い。
そして決断の行為そのものは自分で選べるが、時期はかならずしも選ぶことができない。


男が女より強いのは、腕力と知性だけで、
腕力も知性もない男は、女にまさるところは一つもない。

三島由紀夫

285名無しさん@お腹いっぱい。2019/06/03(月) 18:48:34.36ID:jQxX6wbN

女性はともすると、自分の力でもないものを楯にして、相手を軽蔑する。


人間の想像力の展開には永い時間を要するもので、
咄嗟の場合には、人は想像力の貧しさに苦しむ。


天才はどんなに若く死んでも薄命であってはならない。


精神を凌駕することのできるのは習慣という怪物だけなのだ。


ほしいものが手に入らないという最大の理由は、
それを手に入れたいと望んだからだ。


愛というものは共有物の性質をもっていて
所有の限界があいまいなばかりに多くの不幸を巻き起す。


われわれは自分の弱さをいやがる気持ちから人の長所をみとめる。


女性はそもそも、いろんな点でお月さまに似てをり、お月さまの影響を受けてゐるが、
男に比して、すぐ肥つたりすぐやせたりしやすいところもお月さまそつくりである。


男の嫉妬の本当のギリギリのところは、
体面を傷つけられた怒りだと断言してもよろしい。


美しい女と二人きりで歩いてゐる男は頼もしげにみえるのだが、
女二人にはさまれて歩いてゐる男は道化じみる。

三島由紀夫

286名無しさん@お腹いっぱい。2019/06/03(月) 18:48:51.23ID:jQxX6wbN

不安こそ、われわれが若さからぬすみうるこよない宝だ。


なぜ大人は酒を飲むのか。大人になると悲しいことに、
酒を呑まなくては酔へないからである。
子供なら、何も呑まなくても、忽ち遊びに酔つてしまふことができる。


生まれて来て何を最初に教わるって、それは「諦める」ことよ。


無神論も、徹底すれば徹底するほど、唯一神信仰の裏返しにすぎぬ。
無気力も、徹底すれば徹底するほど、情熱の裏返しにすぎぬ。


恋愛とは、勿論、仏蘭西(フランス)の詩人が言つたやうに一つの拷問である。
どちらがより多く相手を苦しめることができるか試してみませう、と
メリメエがその女友達へ出した手紙のなかで書いてゐる。


決定されているが故に僕らの可能性は無限であり、
止められているが故に僕らの飛翔は永遠である。


人生とは何だ? 人生とは失語症だ。
世界とは何だ? 世界とは失語症だ。
歴史とは何だ?歴史とは失語症だ。
芸術とは? 恋愛とは? 政治とは?
何でもかんでも失語症だ。


人間に忘却と、それに伴う過去の美化がなかったら、
人間はどうして生に耐えることができるだろう。


感傷といふものが女性的な特質のやうに
考へられてゐるのは明らかに誤解である。
感傷的といふことは男性的といふことなのだ。


女を抱くとき、われわれは大抵、
顔か乳房か局部か太腿かをバラバラに抱いてゐるのだ。
それを総括する「肉体」といふ観念の下(もと)に。

三島由紀夫

287名無しさん@お腹いっぱい。2019/06/03(月) 18:49:16.80ID:jQxX6wbN

精神分析を待つまでもなく、人間のつく嘘のうちで、
「一度も嘘をついたことがない」といふのは、おそらく最大の嘘である。


老夫妻の間の友情のようなものは、友情のもっとも美しい芸術品である。


記憶はわれわれの意識の上に、時間をしばしば並行させ重複させる。


まことに人生はままならないもので、
生きている人間は多かれ少なかれ喜劇的である。


鈍感な人たちは、血が流れなければ狼狽しない。
が、血の流れたときは、悲劇は終ってしまったあとなのである。


神聖なものほど猥褻だ。だから恋愛より結婚のほうがずっと猥褻だ。


女はたえず美しいと言われていることを、決してうるさくは感じないのである。


人間の美しさ、肉体的にも精神的にも、およそ美に属するものは、
無知と迷蒙からしか生まれないね。
知っていてなお美しいなどということは許されない。


幸福がつかの間だという哲学は、不
幸な人間も、幸福な人間も、どちらも好い気持ちにさせる力を持っている。


罪といふものの謙遜な性質を人は容易に恕(ゆる)すが、
秘密といふものの尊大な性質を人は恕さない。

三島由紀夫

288名無しさん@お腹いっぱい。2019/06/03(月) 18:49:58.00ID:jQxX6wbN

どうにもならない自分を信じるということは、あらゆる点で、人間として僭越なことだ。


傷つきやすい人間ほど、複雑な鎧帷子を身につけるものだ。
そして往々この鎧帷子が、自分の肌を傷つけてしまう。


若さはいろんなあやまちを犯すものだが、
そうして犯すあやまちは人生に対する礼儀のようなものだ。


愛することにかけては、女性こそ専門家で、男性は永遠に素人である。


初恋に勝って人生に失敗するというのは良くある例で、
初恋は破れるほうがいいと言う説もある。


若さが幸福を求めるなどというのは、衰退である。


本当の美とは人を黙らせるものであります。


文学でも、強い文体は弱い文体よりも美しい。


軽蔑とは、女の男に対する永遠の批判である。


現実というものは、袋小路かと思うと、また妙な具合にひらけてくる。

三島由紀夫

289名無しさん@お腹いっぱい。2019/06/03(月) 18:50:15.98ID:jQxX6wbN

抜けたところのない人間は、男でも女でも、人気を博することはむづかしい。


秘密は人を多忙にする。
怠け者は秘密を持つこともできず、秘密と付合うこともできない。


人間の弱さは強さと同一のものであり、
美点は欠点の別な側面だという考えに達するためには、年をとらなければならない。


偶然とは、人間どもの理解をこえた高い必然が、
ふだんは厚いマントに身を隠しているのに、
ちらとその素肌の一部をのぞかせてしまった現象なのだ。


愛から嫉妬が生まれるように、嫉妬から愛が生まれることもある。


忠告が社会生活の潤滑油となることは滅多に無く、
人の面目を潰し、人の気力を阻喪させ、
恨みをかうことに終わるのが十中八、九である。


悲しみとは精神的なものであり、笑いとは知的なものである。


退廃した純潔は、世の凡ゆる退廃のうちでも、いちばん悪質の退廃だ。


好奇心には道徳がないのである。
もしかするとそれは人間のもちうるもっとも不徳な欲望かもしれない。


人生は、成熟ないし発展ということが
何ら約束されていないところに怖ろしさがある。

三島由紀夫

290名無しさん@お腹いっぱい。2019/06/03(月) 18:50:44.28ID:jQxX6wbN

世の中って、真面目にしたことは大抵失敗するし、
不真面目にしたことはうまくいく。


私は、恋愛が羞恥心の消滅とともに消滅することを信じて疑わない。


目に見えるものがたとえ美しくても、
それが直ちに精神的な価値を約束するわけではない。


貞女とは、多くの場合、世間の評判であり、
その世間をカサにきた女のヨロイである。


どんな邪悪な心も心にとどまる限りは、美徳の領域に属している。


寡黙な人間は、寡黙な秘密を持つものである。


恋人同士といふものは仕馴れた役者のやうに、
予め手順を考へた舞台装置の上で愛し合ふものである。


不安は奇体に人の顔つきを若々しくする。


歌舞伎役者の顔こそ偉大でなければならない。


生きることが難しいなどといふことは何も自慢になどなりはしないのだ。

三島由紀夫

291名無しさん@お腹いっぱい。2019/06/03(月) 18:51:39.85ID:jQxX6wbN

青年の苦悩は、隠されるときもつとも美しい。


善意も、無心も、十分人を殺すことのできる刃物である。


あまりに永い苦悩は人を愚かにする。
苦悩によつて愚かにされた人は、もう歓喜を疑ふことができない。


死は事実にすぎぬ。行為の死は、自殺と言ひ直すべきだらう。
人は自分の意志によつて生れることはできぬが、意志によつて死ぬことはできる。
これが古来のあらゆる自然哲学の根本命題だ。
しかし、死において、自殺といふ行為と、
生の全的な表現との同時性が可能であることは疑ひを容れない。
最高の瞬間の表現は死に俟たねばならない。
これには逆証明が可能だと思はれる。


女は決して征服されない。
決して!男が女に対する崇敬の念から凌辱を敢てする場合がままあるやうに、
この上ない侮蔑の証しとして、女が男に身を任す場合もあるのだ。


やたらと人に弱味をさらけ出す人間のことを、私は躊躇なく「無礼者」と呼びます。


論敵同士などといふものは卑小な関係であり、
言葉の上の敵味方なんて、女学生の寄宿舎のそねみ合ひと大差がありません。


個人が組織を倒す、といふのは善である。


理想的な「他人」はこの世にはないのだ。
滑稽なことだが、屍体にならなければ、人は「親密な他人」になれない。

三島由紀夫

292名無しさん@お腹いっぱい。2019/06/03(月) 18:51:59.61ID:jQxX6wbN

どんな時代にならうと、権力のもつとも深い実質は若者の筋肉だ。


人間、正道を歩むのは却つて不安なものだ。


男が金をほしがるのはつまり女が金をほしがるからだといふのは真理だな。


自殺しようとする人間は往々死を不真面目に考へてゐるやうにみられる。
否、彼は死を自分の理解しうる幅で割切つてしまふことに熟練するのだ。
かかる浅墓さは不真面目とは紙一重の差であらう。
しかし紙一重であれ、混同してはならない差別だ。


嫉妬こそ生きる力だ。


ユーモアと冷静さと、男性的勇気とは、
いつも車の両輪のやうに相伴ふもので、
ユーモアとは理知のもつともなごやかな形式なのであります。


裏切りは、かならずしも悪人と善人のあひだでおこるとはかぎらない。


男性は本質を愛し、女性は習慣を愛する。


どんなに平和な装ひをしてゐても「世界政策」といふことばには、
ヤクザの隠語のやうな、独特の血なまぐささがある。


「強み」とは何か。知恵に流されぬことである。分別に溺れないことである。

三島由紀夫

293名無しさん@お腹いっぱい。2019/06/03(月) 18:53:02.63ID:jQxX6wbN

男の世界は思ひやりの世界である。
男の社会的な能力とは思ひやりの能力である。


この日本刀で人を斬れる時代が、早くやつて来ないかなあ。


もし、われわれが生の尊厳をそれほど重んじるならば、
どうして死の尊厳をも重んじないわけにいくだらうか。
いかなる死も、それを犬死と呼ぶことはできないのである。


潔癖さといふものは、欲望の命ずる一種のわがままだ。


真の危険を犯すものは理性であり、その勇気も理性からだけ生れる。


正しい狂気といふものがあるのだ。


この世に一つ幸福があれば必ずそれに対応する不幸が一つある筈だ。


「自分の子供が可愛い」などといふ感情はワイセツな感情であつて、
人に示すべきものではないらしい。


愛するということにかけては、女性こそ専門家で、男性は永遠の素人である。


無秩序が文学に愛されるのは、文学そのものが秩序の化身だからだ。

三島由紀夫

294名無しさん@お腹いっぱい。2019/06/03(月) 18:53:19.97ID:jQxX6wbN

今の時代はますます複雑になって、新聞を読んでも、テレビを見ても、真相はつかめない。
そういうときに何があるかといえば、自分で見にいくほかないんだよ。
いま筋の通ったことをいえば、みんな右翼といわれる。
だいたい、“右”というのは、ヨーロッパのことばでは“正しい”という意味なんだから(笑)


あらゆる文章は形容詞から古くなっていく。


現状維持というのは、つねに醜悪な思想であり、
また、現状破壊というのは、つねに飢え渇いた貧しい思想である。


僕はいはゆる美人を見ると、美しいなんて思つたことはありません。
ただ欲望を感じるだけです。不美人のはうが美といふ観念からすれば、
純粋に美しいのかもしれません。
何故つて、醜い女なら、欲望なしに見ることができますからね。


人生には濃い薄い、多い少ない、ということはありません。
誰にも一ぺんコッキリの人生しかないのです。


ヒットラーは政治的天才であつたが、英雄ではなかつた。
英雄といふものに必要な、爽やかさ、晴れやかさが、彼には徹底的に欠けてゐた。
ヒットラーは、二十世紀そのもののやうに暗い。


戦争が道徳を失はせたといふのは嘘だ。道徳はいつどこにでもころがつてゐる。
しかし運動をするものに運動神経が必要とされるやうに、
道徳的な神経がなくては道徳はつかまらない。
戦争が失はせたのは道徳的神経だ。この神経なしには人は道徳的な行為をすることができぬ。
従つてまた真の意味の不徳に到達することもできぬ筈だつた。


自分を理解しない人間を寄せつけないのは、芸術家として正しい態度である。
芸術家は政治家じゃないのだから。


何か、極く小さな、どんなありきたりな希望でもよい。
それがなくては、人は明日のはうへ生き延びることができない。


忘却の早さと、何事も重大視しない情感の浅さこそ人間の最初の老いの兆しだ。

三島由紀夫

295名無しさん@お腹いっぱい。2019/06/03(月) 18:54:13.19ID:jQxX6wbN

このごろは、ベタベタ自分の子供の自慢をする若い男がふえて来たが、
かういふのはどうも不潔でやりきれない。
アメリカ人の風習の影響だらうが、誰にでも、
やたらむしやうに自分の子供の写真を見せたがる。
かういふ男を見ると、私は、こいつは何だつて男性の威厳を自ら失つて、
人間生活に首までドップリひたつてやがるのか、と思つて腹立たしくなる。
「自分の子供が可愛い」などといふ感情はワイセツな感情であつて、
人に示すべきものではないらしい。


三千人と恋愛をした人が、一人と恋愛をした人に比べて、
より多くについて知っているとはいえないのが、人生の面白味です。


男といふものは、もし相手の女が、彼の肉体だけを求めてゐたのだとわかると、
一等自尊心を鼓舞されて、大得意になるといふ妙なケダモノであります。。


目標をめざして努力する過程にしか人間の幸福は存在しない。


何を守ればいいんだと。ぼくはね、結局文化だと思うんだ。


天才というものは源泉の感情だ。そこまで堀り当てた人が天才だ。


崇高なものが現代では無力で、滑稽なものにだけ野蛮な力がある。


日本人は絶対、民主主義を守るために死なん。
ぼくはアメリカ人にも言うんだけど、
「日本人は民主主義のために死なないよ」と前から言っている。
今後もそうだろうと思う。


事件に直面して、直面しながら、理解することは困難である。
理解は概ね後から来て、そのときの感動を解析し、
さらに演繹して、自分にむかつて説明しようとする。


そんなに、「どうせ私なんぞ」式外交ばかりやらないで、たまにはゴテてみたらどうだらう。
さうすることによつて、自分の何ほどかの力が確認されるといふものであります。

三島由紀夫

296名無しさん@お腹いっぱい。2019/06/03(月) 18:54:53.92ID:jQxX6wbN

政治的スローガンとか、思想とか、
さういふ痛くも痒くもないものには、人間は喜んで普遍性と共有性を認めます。
毒にも薬にもならない古くさい建築や美術品は、
やすやすと人類共有の文化的遺産になります。


打算のない愛情とよく言ひますが、打算のないことを証明するものは、
打算を証明するものと同様に、「お金」の他にはありません。
打算があつてこそ「打算のない行為」もあるのですから、
いちばん純粋な「打算のない行為」は打算の中にしかありえないわけです。


自分の顔と折合いをつけながら、だんだんに年をとってゆくのは賢明な方法である。


国家がなくなって世界政府ができるなんという夢は、非常に情けない、哀れな夢なんです。
…資本主義国家も国家が管理している部分が非常に大きくなっておりますから、
実際の国家の時代という点では、国家の管理機能はむしろ
史上最高ぐらいまで達しているのではないか。


音楽の美は、その一瞬の短さにおいて生命に似ている。


この世には最高の瞬間といふものがある。
この世における精神と自然との和解、精神と自然との交合の瞬間だ。


私は民主主義と暗殺はつきもので、共産主義と粛清はつきものだと思っております。
共産主義の粛清のほうが数が多いだけ、始末が悪い。
たとえば暗殺が全然なかったら、政治家はどんなに不真面目になるか、
殺される心配がなかったら、いくらでも嘘がつける。


あらゆる忠義によるラジカルな行動を認めなければ、
天皇制の本質を逸すると僕は言っているわけです。
場合によっては共産革命だって、もし錦旗革命だったら
天皇は認めなければならないでしょうね。天皇制の本質なのかもしれませんよ。
それをよく知らないで、右翼だとかファッショだといってバカにしきって
戦後共産党がやっていたのは共産党がバカだといいたいね。


どんな政治体制でも歴史的な基盤があって、徐々に形成されたものであるので、
その点では日本の天皇制もまったく同じだと思います。
ですから民主主義が悪いとか、天皇制がいいとか悪いとかいう問題じゃなくて、
その国その国の歴史的基盤に立った政治体制ができていくということは当然だと思います。


私は、言論と日本刀というものは同じもので、
何千万人相手にしても、俺一人だというのが言論だと思うのです。
一人の人間を大勢で寄ってたかってぶち壊すのは、言論ではなくて、
そういうものを暴力という。つまり一人の日本刀の言論だ。

三島由紀夫

297名無しさん@お腹いっぱい。2019/06/03(月) 18:55:26.28ID:jQxX6wbN

人間の心は、眼や表情にもあらわれるが、
後姿にはっきりあらわれることを忘れてはならぬ。


幸福とは微笑のようなものだ。
微笑は微笑しようと思っても出来るものではない。
泉のように自然に、静かに湧いてくるものである。


割り切りとは、魂の弱さである。


夫婦の間に、あるいは両親と子どもの間に、
肉親だから何ごとでも自由に語れると思ったら間違いだ。


多忙であることによって、
自分は何か仕事をしたという錯覚を抱くことが出来る。


人は後姿について全く無意識だ。
そして何げなくそこに全自己をあらわすものだ。後姿は悲しいものだ。


歳月は慈悲を生ず。

亀井勝一郎(文芸評論家)

298名無しさん@お腹いっぱい。2019/06/03(月) 18:55:43.18ID:jQxX6wbN

自殺とは人間的能力のへの窮極の確信なのである。
ある意味で野心であり、虚栄ですらあるかもしれません。
けっして自己放棄ではありません。


繊細な感受性とは、ニュアンスへの鋭敏さともいえるだろう。
日本語でいうなら陰翳(いんえい)への愛だ。


善事は罪悪感を抱きながらせねばならない。


伝説には民衆の愛憎と夢が託されている。


結婚とは青春の過失であるとある作家は言ったが、過失であって結構なのである。
お互いにしまったと思いつつ、「お互いに、しまったわね」などと
ニヤニヤ笑いながら、さし向いで言うようになったらしめたもので、
それが夫婦愛というものだ。


(河上徹太郎の「批評の悦び」を読んで)あまりに批評家という言葉にとらわれすぎている。
僕は自分が批評家とよばれようとよばれまいと大して意に介さない。
もう少しゆとりある一個の人間であればいい。
徹底した客観などというものは認められないのである。
政治のみならず、文学においてさえ客観の姿ほどあいまいなものはない。


小林秀雄は江戸の職人である。小林秀雄は栄養料理の名手である。
只 この料理が必ずしも吾々の美観をまんぞくさせぬ。


いくつになっても、こっぴどく自分をやっつけてくれる先輩を持つことは、
悔しいけれど、人生の幸福である。


井伏鱒二、太宰治等の作家に長く交わり、
ともすれば生硬になりがちな批評家の批評筋肉といったものを、
柔らかくもんで貰ったことも記しておきたい。


愛情がこもっていて無口な人こそ、人生の伴侶としてふさわしい。

亀井勝一郎

299名無しさん@お腹いっぱい。2019/06/03(月) 18:56:02.39ID:jQxX6wbN

私の感情としてあった中国人侮辱感は、
その半面にヨーロッパ人やアメリカ人への劣等感を伴っていた。
今度の戦争で無条件降伏するよりもずっと以前に、
我々は「ヨーロッパ近代」に無条件降伏してきたのではなかったか。
それで私の対米英戦争肯定の気持の中には、
この劣等感に対する反発のあったことにも気づくのである。
少なくともそれが私の民族主義のひとつの根拠になっていたのだ。
しかし戦争責任の根本は中国侵略の肯定である。


私自身は中国を旅したこともなく、中国人と交わることもなかったが、
しかも心中では、いわれなき蔑視あるいは軽侮の感情をもち、
この国と戦わねばならね悲しみを身にしみて感ずるようなことはなかったのである。


ここ(薬師寺)へ来て初めて仏像の美しさがわかります。


私はその(文芸批評家の)間にあって、自分の凡庸さがわかり甚だ困惑してきた。
それだけに刺激されるところ多く、勉強になった。


死そのものよりも、死についての想像の方が、遥かに我々を恐怖させる。

亀井勝一郎

300名無しさん@お腹いっぱい。2019/06/03(月) 18:56:17.98ID:jQxX6wbN

女性が弱いというのは嘘である。
世の中に何が強いと言って、無神経な事ほど強いことはない。


絶望は人生に必ずつきまとうものだ。
絶望しないような人間はある意味でたよりない人だといえる。
なぜなら小さな自己に満足し、なんらの努力も考えごともしない人に、
絶望は起こりえないからだ。


人生は無限に深い。我々の知らないどれほどの多くの真理が、美が、
あるいは人間が、隠れているかわからない。それを放棄してはならぬ。


徒党というものは一面からいえば孤独に耐え得ざる精神の休憩所だ。


理想の夫、理想の妻を得ようとするから失望するのだ。
凡夫と凡婦が結婚するのである。


教養の真のあらわれは、その人の「はにかみ」にある。


青年時代に一番大切なことは、いつまでたっても解決できないような
途方にくれるような難題を、自己の前に設定することではなかろうか。


私は年をとるにつれて、幸福の反対を不幸だとは思わなくなった。
幸福の反対は怠惰というものではなかろうか。

亀井勝一郎

301名無しさん@お腹いっぱい。2019/06/03(月) 18:56:49.35ID:jQxX6wbN

明日とは、実は今日という一日の中にある。


「明日は」「明日は」と言いながら、今日という「一日」をむだにすごしたら、
その人は「明日」もまた空しくすごすにちがいありません。


人間と人間のつながりは、程度の差はあっても、誤解の上に成立しているものです。
お互いに自分でもわからぬ謎をもって生きている以上、
当然のことだと言っていいでしょう。
善意の誤解の上に、恋愛や友情は成立すると言っていいと思います。


未完成の自覚を持って、絶えず努力してゆくところに青春がある。
たとい若くても、自己満足におちいっているなら、その人は老人に等しい。


読書の目的は、要するに自分の原点を発見するという事に尽きる。


孤独はそれを求めたり、感じたりしているときよりも、
むしろ予期しないときに来るものだ。
例えば明確に断言する、決断する、そういう時ふと自分に奈落を感じる場合があろう。


恋愛にも日曜日がなければならない。
それが辛うじて永続させる方法であり、つまり「忘却」の逆用である。


結婚生活を末永く導いてゆくものは、
普通の意味での恋愛でもなく、また情痴の世界でもなく、
それらを経た後に来る慈悲人間のあるがままの姿への愛情であろう。

亀井勝一郎

302名無しさん@お腹いっぱい。2019/06/03(月) 20:32:42.96ID:jQxX6wbN
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